海苔の品種

 1年間で約100億枚の海苔が、全国各地で生産されています。生産地を大別すると、宮城、千葉、神奈川、愛知、三重などの「東日本ブロック」、大阪、和歌山、兵庫、岡山、広島、山口、香川、徳島、愛媛など瀬戸内海に面する「瀬戸内ブロック」、福岡、福岡有明、佐賀有明、大分、長崎、熊本、鹿児島の「九州ブロック」の3つに分けられます。

東日本ブロック
東日本は、北は北海道から愛知、三重の東海地方までと広範囲です。しかし、相次ぐ埋め立てのため、漁業権を放棄したり、他の漁業に転換したりで産地ではなくなったところも少なくありません。

・北海道
もともと、冬の気象条件が厳し過ぎるため大規模な養殖は行われていません。むしろ、有珠湾などは天然のタネ場としてのほうが知名度が高かったのです。かつては、オホーツク海に面したサロマや津海峡に面した浜で1千万枚程度生産されていましたが、現在はわずかに太平洋側の厚岸で数軒の漁家が続けているが、その量は地場消費の程度です。

・宮城
現在では、東北地方の唯一の海苔産地といえます。かつては、松島湾内湾部や気仙沼湾が海苔の生産地でしたが、現在は、同じ松島湾でも湾の外洋部と石巻湾の外洋部が海苔養殖の中心です。
“松島湾産”というブランド力もあり、全国各地のメーカーに人気があります。漁家のほとんどは零細経営が多かったのですが、昭和50年代、コンビニおにぎり需要の増大を機に、一気に漁家経営の改善が進みました。経営体当たりの生産量は兵庫、香川に次ぐ第3位の大型経営となっています。

・千葉
東京での海苔養殖が終わった昭和37年以降、東京湾地区の主力漁場として現在も“本場ブランド”を守り続けている産地です。現在の主力漁場は富津岬以南の内房北部地区で、全生産の3分の2以上を産しています。なかでも圧倒的な生産量をあげる新富津漁協は、かつて埋め立てで漁場を失った青掘地区の生産者有志が補償金を出し合って、新たに開拓した漁場です。研究熱心さでは他県を圧倒、多くの新技術を生み出しました。 千葉の海苔は、江戸時代から“上総海苔”として人気が高く、実際、海苔の香りの点では全国一とも言われます。一般消費者はもちろん、上寿司向けとして需要筋の固定ファンが多いです。

・神奈川
海苔養殖の歴史は古いですが、相次ぐ埋め立てで優秀な漁場の大部分を失ってしまいました。現在はわずかに走水と長井で養殖が続いています。品質は神奈川県内や大森近辺の問屋筋から高い評価を得ています。

・愛知
愛知の海苔養殖は、江戸末期に東三河地区で始まりました。しかし、昭和40年代には東三河地区の中心部である渥美湾奥部が相次いで埋め立てられ消滅してしまいました。現在は、三河湾と渥美半島、知多半島で海苔の生産が行われており、知多産は主に寿司屋向けとして人気があります。

・三重
三重の海苔養殖の歴史は意外と浅く、明治初めにスタートしました。北は伊勢湾奥部の木曽川河口域の桑名地区から、南は伊勢湾湾口部の鳥羽で海苔の養殖をおこなっています。この地域は、木曽三川から供給される豊かな栄養分の恩恵を受け、味の良い高品質な産地です。供給されるのは栄養分だけでなく、台風時や大雨のあと、ゴミや流木被害にも悩まされる年もあります。


瀬戸内ブロック
瀬戸内海に面した近畿、中国、四国の1府8県の漁場で構成する地区ですが、なかでも最も海苔養殖の歴史が古いのは広島県です。

・兵庫
瀬戸内地区を代表するというより、日本を代表する大産地のひとつ。昭和40年代前半までは、現在の西播地区や神戸西部漁協(現在の神戸市漁協)でわずかに生産していただけでしたが、昭和40年代後半に浮き流し漁法が確立されて以来、多くの漁家が大挙して参入、短期間に大産地になりました。しかも、全国でも珍しいグループによる協業で大規模経営に取り組みました。昭和50年代に入ると、生産量は5億枚を突破。積極的な設備投資で経営体の協業化が進んでいるため、1経営体当たりの生産規模は全国第1位です。

・岡山
昭和30年代までは広島県境に近い県西部が主力漁場でしたが、工場地帯への埋め立てで漁場の主力は児島湾周辺になりました。昭和40年代までは大産地とはいえない生産量でしたが、昭和50年代に入って2億枚から3億枚台へと大きく伸びました。

・広島
広島の海苔養殖は、瀬戸内海で最も古い歴史を持ちます。江戸時代に始まった養殖は、現在の広島市を流れる太田川の河口域中心に行われていましたが、ダム建設などで環境が悪化し、残念ながら海苔の漁場としては終止符を打ちました。現在、海苔の生産が行われている地域は、田島、走島が主力で、大規模経営の漁家が生産の大部分を占めています。歴史ある産地だけに県内の数十社の問屋・加工メーカーが県産海苔の需要先として存在しています。


・山口
昭和40年代から瀬戸内海最大の産地として君臨していた山口でしたが、昭和60年代からは2億枚台へ、平成時代に入って1億枚台へと減り続けています。もともと広島の商人が山口を訪れ、減少する広島産に代わる海苔の買い付け地を育てた産地で、これに大阪の商人も参加し海苔産地として知名度を高めた由来があります。

・徳島
昭和50年代までは、1億枚未満の生産量でしたが、昭和60年代以降、1億枚台の安定した生産を続けています。紀伊水道に面している吉野川と那賀川の加工域が主力漁場。なかでも生産量が多い長原、川内の両漁協は色の良い上品質の産地として知名度は高いです。

・香川
兵庫とともに短期間で急激に生産量が伸びた大産地のひとつ。昭和40年代初めまでは河口干潟で細々と海苔の養殖をおこなっていましたが、浮き流し漁法の確立で漁場が拡大。積極的な経営の大型化とこれに伴う設備投資により、漁家の経営規模は兵庫に次いで全国第二位。粘りのある海苔の品質が、米菓メーカーに人気が高い産地です。

・愛媛
県東部のひうち灘に面して漁場が集中しています。生産の本格化は比較的早く、昭和40年代の前半には瀬戸内地区で生産量がトップになった年もありました。古くから味付海苔加工用の原料として、対岸の広島の加工メーカー筋から支持されていました。 養殖の歴史は古く、江戸時代にはすでに伊予西条市の周辺で行われていたという文献も残っています。

・和歌山
和歌山の養殖歴史は古く、江戸時代末期から始まりました。和歌山市を流れる和歌川河口域中心に広がった時代もありましたが、漁場の条件や河川の汚濁、観光地への転換などから生産は減少。現在は、和歌山漁協のみの生産となっています。

・大阪
大阪の海苔養殖は昭和40年代から始まったものの、港湾施設の拡大や関西国際空港の建設で主力漁場が消滅し、現在は尾崎と西鳥取の両漁協の数軒の漁家が続けているだけになりました。


九州ブロック
国内最多の生産量を誇る有明海漁場を持つ九州地区は、全国の生産量のうち40%以上を占めています。有明海は潮の干満差が6〜7mもある浅い海で、干潮時には数キロメートル沖でも最適の環境を持ちます。

・柳川大川
福岡有明地区のなかで、最も佐賀県寄りに漁場をもつ産地で、毎年、入札時には全国から大手メーカーが殺到します。同地区は率先して漁期前に海上清掃を行い、製品へのゴミ混入の絶対防止の意気込みでメーカー側の信頼をかちとる努力をしています。

・大和高田
柳川大川に隣接する産地で、福岡有明海の中心的産地です。何かと柳川大川と比較されるため、常に競り合う間柄。平成12年度の大不作では最も打撃が大きかったのですが、平成13年度は生産量は7億枚台に、水揚げ高は90億円台へと挽回し、入札の平均単価は佐賀有明を抜いて全国第1位の好結果を得ました。

・大牟田
養殖の歴史は熊本に次いで古く、明治時代には大牟田の生産は始まっていました。熊本に隣接する漁場で、古くから上級品産地として知られていますが、地元の三池炭坑の排水などに悩まされながら生産している産地です。

・佐賀有明
最高級の品質を生産するとして自他ともに認める産地です。歴史も古く、明治時代から有明海より玄界灘に面した唐津市周辺で養殖が始まりました。平成12年度の大凶作で前年比68%の9億9千万枚に大減作になった以外は、一産地で200億円を超す唯一の大産地としての位置付けにあります。

・熊本
養殖の歴史は九州地区で最も古く、戦前から本格的養殖を行っていた九州の先進県です。全国に先駆けて、熊本県水試により開発された人工採苗により一気に知名度を高めました。

・大分
熊本県に次ぐ古い歴史をもつのが大分県でした。かつてのピーク時は、中津市から国東半島を回り、南は大分市近郊の大在、佐賀関半島周辺から臼杵までの広い範囲で海苔養殖が行われていましたが、現在は、海苔の養殖は行われていません。

・長崎
有明海に面した島原半島の島原市から有明町、国見町一帯が現存する浜。昭和50年代のピーク時には1億枚以上の生産がありましたが、平成9年の諫早湾干拓で同地区沿岸の各浜の海苔養殖は終了しました。

・福岡
福岡有明地区とは別に、福岡県には豊前海沿岸に小規模な漁場が存在します。昭和50年代の始めまでは1億枚以上の数量をあげていましたが、その後の埋め立てで急速に生産が減り、玄界灘側の漁場は消滅しました。

・鹿児島
鹿児島の海苔養殖は、日本の最南端での海苔養殖といえ、かつては鹿児島湾内など県内各地で行われていました。しかし20余年前からは、熊本県境に近い八代海に面した出水市だけの生産になりました。